居酒屋『どん底』。店名はロシアの作家ゴーリキィの戯曲に由来している。昭和26年創業のこの洋館風酒場は、新宿では超有名な老舗中の老舗である。創業当時からあるどん底のカクテル「ドンカク」は粗雑な焼酎を”何か”で割って、安く酔える酒として人気を博している。
そしてこの店、私自身、足繁く通っている店の一つでもある。つい先日、オーストラリア人の知人を新宿にて観光案内している際に、その日の締めくくりに、当店を訪れた。日本文化マニアであり俳優の彼は、その店構えから、味わい深い店内の様子、名だたる日本のクリエイター達が訪れたというその歴史にとても興奮しており、そんな彼の様子に私も甚だ満足であった。
さて今回は、70年にわたって人々に愛されるこの名店の経歴、ドンカクに始まる自慢のメニューのご紹介、またこれまでいったいどのような著名人が訪れ、感想を残していったのか、を書いていこうと思う。
どん底歴史
1951年に開業した東京都新宿区新宿3丁目の飲食店である。
舞台芸術学院で演劇を学んでいた矢野智が創業し、三島由紀夫や黒澤明らの文化人が訪れた。店内で政治の議論が行われる歌声酒場および歌声喫茶としても知られたが、1988年にその看板は下ろし、普通の酒場として営業するようになった。
メニュー
- ドンカク
焼酎にレモンやガムシロップ、炭酸水を加えた「どん底カクテル(ドンカク)」が名物であると言われている。どん底の開店当時、安酒場では「バクダン」「ウメワリ」「ブドウワリ」といった、焼酎を他の液体で割ったものが提供されていたが、焼酎の質が悪い分飲みにくかったため、酒好きでもあった創業者の矢野が飲みやすさと分量の増加を目指して「ドンカク」を作成した。
ドンカクの他にも、コックの富沢がどん底に導入したピザも人気メニューのひとつであり、越路吹雪も好んだと言われている。
- そのほかメニュー
たっぷりチーズのミックスピザ
ハーブたっぷり自家製 鶏ハム¥700
牡蠣のオイル漬け¥800
豚カシラのタイ風炒め¥900
タラとじゃが芋のコロッケ¥900
どん底を愛した人々
- 三島由紀夫
酒場「どん底」では、どん底歌集というものを売っていて、ある歌を一人が歌い出すと、期せずして若人の大合唱となる。喚声と音楽が一緒になって、なまなましいエネルギーが、一種のハーモニィを作り上げる。何んとも言えぬハリ切った健康な享楽場である。同伴したアメリカ人夫婦はしきりにこれをアメリカの酒場との比較して、日本人の享楽がかくも友好的で、なごやかで、けんかっぽくないのにおどろいていた。
しかしワビだのサビだのといっていた日本人が、集団的な享楽の仕方を学び、とにもかくにも一夕の歓楽の渦巻を作りうるようになったのは、戦後の現象で銀座の恒久バアーでコソコソ個人的享楽にふけっている連中にくらべると、焼鳥キャバレーやどん底酒場のほうが、よほで世界的水準に近づいているように、私には思われるのであった。
- 美輪明宏
どん底の五〇周年と、私の芸能生活五〇周年とが同じだなんてまぁ、なんて間(ま)が良(い)いんでしょ。きっと前世では、私と“どん底”は、きっと夫婦だったのかも知れません。
あの青春時代、“どん底”で逢いびきをした、ボーイフレンド達の顔、顔々。あのアコーディオンの音色。橙々色のランプの光。ねええ私の愛しいどん底君。今後はお互仲良く百句周年を迎えましょうね。
おわりに
名店に歴史あり、である。
三丁目の細道にひっそりと構えるこの店は、うっかりしていると、通り過ぎてしまいそうだ(外壁は蔦に覆われており、お世辞にも綺麗とは言えない)。しかし一度、そのドアを開けば、中からは騒がしくも楽しい、享楽に満ちた声が聞こえてくる。
チェーン店がひしめくこの三丁目の中で、その享楽の声は、他とはどこか違ったように聞こえてくるのは、私だけだろうか。
三島が言ったように、どん底には、今のせせこましい時代にはそぐわない、開放的で、健康的な雰囲気がある。まるで終戦後の、あの「復興」という一時代に総動員された気概が、一塊の残滓となって、聞こえてくるようである。
と、大げさに言ってみたものの、こんなような大義名分を振りかざさずとも、フラっと立ち寄る酒場としても、どん底は利用価値がとても高いのだ(定休日はなく、毎日23時半まで営業中)。二次会で、気心の知れた仲間と気軽に訪れてみても良いかもしれない。名士が愛した料理、雰囲気、あなたをもてなすはずだ。
詳細情報
- 営業時間
月-金17:00~0:00
土日11:30~0:00
- アクセス
東京メトロ丸ノ内線&副都心線 新宿三丁目駅 出口B2より2分
都営新宿線 新宿三丁目駅 出口C5より2分
- 住所
店舗住所:160-0022 東京都新宿区新宿3-10-2 TEL 03-3354-7749
出典
どん底 Wikipedia
どん底 公式HP