【日本の温泉の歴史は1300年前から?】温泉の始まりから現代までの歴史を紹介します

History
Snow monkey.

いきなりですがもし日本の文化とは?と聞かれたらあなたは何と答えるでしょうか?寿司?ナルト?それとも流行りの鬼滅の刃でしょうか?

ぜんっぜん違います!不正解です!正解は「温泉」です!!

温泉は日本を代表する文化でもあり、日本人が愛しているのです。そして日本人からだけでなく、海外の方々からも人気を集めています。さらには猿からも温泉は人気があります。猿たちはお金を払わないという犯罪を犯してまでも温泉に入りたがるのです。

日本には現在たくさんの温泉が存在していて、リラックスをしたり、観光地として多くの人々が利用しています。

今の時代に多くの人に愛されている温泉ですが、実は大昔に発見され、当時から様々な人に愛されてきたのです。

では大昔にはどんな温泉があり、どんな人にどのように利用されてきたのでしょうか。今回は温泉の歴史を紹介したいと思います。

そして最後には東京の歴史ある温泉も紹介していきますのでぜひ最後までお楽しみください。

日本の温泉の歴史のはじまりはいつ?

日本の温泉の歴史は古い書物に書かれていたことから明らかになりました。書かれていた書物は例えば「古事記」や「日本書紀」、「風土記」、「万葉集」といった日本を代表する書物です。

特に最初に書かれた3つの温泉は日本三古湯と呼ばれています。その三古湯とは伊予の湯(道後温泉)、有馬の湯(有馬温泉)、牟婁(むろ)の湯(白浜温泉)の3つのことです。

伊予の湯は「伊予国風土記」で神話として登場していたり、596年に聖徳太子が伊予の湯に来たことや、天智天皇、天武天皇など日本の教科書に出てくる人物が訪れたと言われています。

有馬の湯には631年飛鳥時代に舒明天皇が86日間の湯治を行ったことが720年の奈良時代に書かれた「日本書紀」に記されています。

湯治とは長期間温泉地に滞在をして病気やケガなどを温泉に入ることで療養することです。

牟婁の湯は「日本書紀」と「万葉集」に度々登場しています。

「日本書紀」には多くの天皇が訪れたことが書かれており、「万葉集」では詩として牟婁の湯について詠われています。

「伊予国風土記」、「日本書紀」、「万葉集」はいずれも710年から始まった奈良時代に書かれたものなのでそれ以上前から日本の温泉は発見され愛されていたことが分かります。現在から1300年以上も前から温泉は人々に利用されていたのです。

戦国時代の湯治としての温泉

1467年〜1615年の日本は戦乱が多くあった時代で戦国時代と呼ばれています。

戦国時代の温泉は、合戦でケガをした武士たちがケガを早く治すため湯治として使ったり、疲労を回復させるために使われることが多くありました。

戦いに必要な兵をできるだけ早く復帰させるためにも良質な温泉はかなり好まれていたのです。

温泉が好きすぎて戦いに行かず、ずっと入浴していた兵士もいるほどでした。(ウソです。でも僕が当時の兵士ならそうしていたかもしれません。)

有名な温泉地も使われていましたがそのような場所では多くの人で溢れていたこともあり、武将たちは負傷者を優先的に湯治するために山間部などにある、人があまり訪れない温泉を占有しました。これらは隠し湯と呼ばれました。

戦国時代の湯治は誰もが知っているような武将もよく利用していました。

例えば織田信長。織田信長は豊臣秀吉の家臣を引き連れて日本三名泉の下呂温泉を訪れていました。

豊臣秀吉は湯治の場として有馬温泉を気に入っていたそうです。有馬温泉も日本三名泉のひとつです。

その他にも徳川家康は熱海温泉を気に入っていたり、武田信玄は多くの隠し湯を持っていたことで有名です。

このように誰もが知っているような有名な武将たちも戦国時代に湯治として温泉は愛されていたのです。

温泉の庶民への普及と観光地として

江戸時代(1603年〜1868年)になると温泉案内の書物や図版の出版が増えていきました。この時期には温泉が湯治として使われるほかに旅のついでに使われるようになっていたのです。

その影響で湯治以外の理由でも使えるよう書物や図版が出版されるようになりました。中でも有名なのが箱根温泉の「七湯巡り」です。

江戸時代の後期になっていくと1日だけの湯治として利用されたり、短期滞在の旅行で温泉に訪れる客が現れました。それらの旅行者にむけて温泉地では見世物や土産物も用意されていったのです。

見世物のひとつとして間欠泉が楽しまれていた場所もあります。間欠泉とは一定の時間をおいて熱湯や水蒸気が噴きあがる温泉のことです。熱いので入ることはできず、噴きあがってくる温泉を見て楽しんでいました。

「お湯が噴き出すのを見て何が楽しいんだ」と思う方もいるのですが、実際に行ってみると迫力もありかなり面白いです。迫力もそうですが、噴き出しそうで噴き出てこないお湯に焦らされながらまだかまだかと待ちわびる時間が間欠泉のイチバンの魅力です。

このように今までは湯治として使われてきた温泉が江戸時代の後期になると商業的になっていきました。

そして江戸時代が終わり明治時代に入ります。

明治時代初め、明治政府は温泉の成分を分析し、湯治としての効能を中心に庶民に広げていこうとしました。ですが交通網が整備されたことやメディアが発展したことで人々は温泉に便利さと楽しさを求めるようになっていったのです。

そのことから温泉は湯治から現在と同様に観光地として人々に利用されるようになりました。

東京の歴史ある銭湯「あけぼの湯」

<https://tokisen.net/216/>

では最後に東京にある一番古い銭湯を紹介します。「あけぼの湯」です。

あけぼの湯は江戸時代後期の1773年に創業され、天然温泉を直接くみ上げている東京で1番古く歴史のある銭湯です。あけぼの湯は船堀に宿泊する人々のために開業されたことが始まりで、そこから現在まで約250年も続いているのです。

東京にはこんなにも長く愛されている温泉はなく「あけぼの湯」が東京で最古の温泉なのです。

あけぼの湯の情報

アクセス都営新宿線「船堀」駅下車、徒歩5分
電話番号03-3680-5611
公式ホームページ/http://www5a.biglobe.ne.jp/~akebonoy/
休日木曜、金曜
営業時間15:30-23:00日・祝日は14:00-23:00

最後に

今回は温泉の歴史について紹介してきました。

まとめると、温泉は1300年より前に発見され、長い間天皇や武士たちに湯治として好まれていました。そこから江戸時代、明治時代に入ると観光地、娯楽として庶民にも楽しまれるようになっていったのです。

温泉は日本の文化のなかでも多くの魅力を持っています。そんな温泉の歴史を知ることでより日本の温泉を楽しめることでしょう。最後に紹介した東京で最古の温泉「あけぼの湯」にもぜひ行ってみてください。

最後までありがとうございました。

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